あれから67年

昭和20年(1945年)8月9日11時2分、米軍による原子爆弾が、長崎市浦上地区に投下された。
24万人の市民のうち約14万人が死んだといわれる。
生き残った人々も放射能被曝の影響で、苦しんでいる。
その人々も高齢化が進み、風化が進んでいる。
福島の原発事故の影響も、目に見えないままである。
すくなくとも、毎年8月6日、8月9日、そして3月11日には、人間の愚かさを考えなきゃいけない。
黙祷。