真の勇気ある発言

作家・村上春樹氏のイスラエル最高の文学賞エルサレム賞」授賞式におけるスピーチの内容。
国の制限を予想して、自粛する放送界を越えて、個人のブロガーという方々の翻訳がネット上にありました。

コピーです。

翻訳:1

Novelists aren't the only ones who tell lies - politicians do (sorry, Mr. President) - and diplomats, too. But something distinguishes the novelists from the others. We aren't prosecuted for our lies: we are praised. And the bigger the lie, the more praise we get."
「嘘をつくのは小説家だけじゃありません。政治家も――失礼、大統領閣下――外交官も嘘をつきます。でも小説家は、他の人たちとは少し違っています。私たちは嘘をついたことで追及を受けるのではなく、賞賛されるんです。しかも、その嘘が大きければ大きいほど、賞賛も大きくなります」

"The difference between our lies and their lies is that our lies help bring out the truth. It's hard to grasp the truth in its entirety - so we transfer it to the fictional realm. But first, we have to clarify where the truth lies within ourselves.
「私たちの嘘と彼らの嘘との違いは、私たちの嘘は真実を明るみに出すためのものだ、ということです。真実をそっくりそのままの形で把握するのは難しいことです。だから僕たちはそれをフィクションの世界に変換するんです。でもまず手始めに、自分たち自身の中のどこに真実が潜んでいるかを明らかにしなければなりません」

"Today, I will tell the truth. There are only a few days a year when I do not engage in telling lies. Today is one of them."
「今日は、真実をお話しようと思います。僕が嘘をつくことに携わらないのは年に数日だけなんですが、今日はそのうちの一日です」

"When I was asked to accept this award, I was warned from coming here because of the fighting in Gaza. I asked myself: Is visiting Israel the proper thing to do? Will I be supporting one side?"
「受賞の申し出を受けたとき、ガザでの戦闘のことで、ここに来ないようにという警告も受けました。僕は自問自答しました。イスラエルに行くのは適切なことだろうか? 当事者の一方を支持することにならないだろうか?」

"and that I endorsed the policy of a nation that chose to anguish by its overwhelming military power"
「そして、圧倒的な軍事力によって人々を苦しめることを選んだ国家の政策を是認することになってしまわないだろうかと」

"I gave it some thought. And I decided to come. Like most novelists, I like to do exactly the opposite of what I'm told. It's in my nature as a novelist. Novelists can't trust anything they haven't seen with their own eyes or touched with their own hands, so I chose to see, I chose to speak here rather than say nothing."
「僕は考えて、そして来ることに決めました。たいていの小説家と同じように、僕も言われたのと正反対のことをするのが好きなんです。やれやれ、小説家としての性みたいなものですね。小説家というのは、自分の目で見て、自分の手で触れたものしか信じないんです。だから僕は、自分で見ることを選びました。黙りこくっているよりも、ここへ来て話すことを選びました」

"If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.
「たとえばそこに硬くて高い壁があって、一個の卵がそこにぶつかって行くとしたら、たとえ壁がどんなに正しくても、卵がどんなに間違っていたとしても、僕は卵の側に立ちます」

 壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。
 高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。

"Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high wall is the system" which forces us to do the things we would not ordinarily see fit to do as individuals. "
「なぜか? 僕ら一人ひとりが一個の卵だからです。壊れやすい殻に入った、唯一無二の魂だからです。僕らはみんな高い壁に立ち向かっています。壁とはつまり、個人としてまっとうとは言いがたい行為を僕らに無理強いしようとするシステムのことです」

"sometimes takes on a life of its own and it begins to kill us and cause us to kill others coldly, efficiently and systematically."
「(システム)はしばしば一人歩きをはじめ、私たちを殺したり、私たちが他人を冷たく、効率的に、システマティックに殺すように仕向けたりします」
"Each of us possesses a tangible living soul. The system has no such thing. We must not allow the system to exploit us"
「私たちひとりひとりには、有形の生きた魂があります。システムにはそんなものはありません。システムが私たちを思うままにすることを許してはならないのです。

"I have only one purpose in writing novels. That is to draw out the unique divinity of the individual. To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us. So - I write stories of life, love. Make people laugh and cry."
「僕が小説を書く目的はひとつしかありません。個人の持つ独自の神性を引き出すことです。独自性を満足させ、システムにからめ取られないようにすることです。だから――僕は、生命の物語を、愛の物語を、人を笑わせ、泣かせる物語を書くのです」
"To all appearances, we have no hope...the wall is too high and too strong...If we have any hope of victory at all, it will have to come from our utter uniqueness"
「目に見える限りでは、私たちには希望が無いように思えます。壁はあまりに高く、あまりに強い。もし私たちに勝利への何らかの希望があるとしたら、それは私たちの完全なる独自性から来るものでなければならないでしょう」

"We must not let the system control us - create who we are. It is we who created the system."
「システムが私たちをコントロールしたり、私たちを何者かに作り上げたりすることのないようにしなければなりません。私たちこそが、システムを作ったのですから」

"I am grateful to you, Israelis, for reading my books. I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest reason why I am here."
イスラエルの皆さん、僕の本を読んでくださったことに感謝します。私たちが意義のある何かを共有できていることを望んでいます。あなたたちこそ、僕がここへ来た最大の理由です」



翻訳:2

そう、僕はイスラエルにやってきました。小説家として……「嘘」を紡ぐ者として僕はここに来ました。

「嘘」をつくのは小説家だけではありません。政治家も(大統領閣下、すいません*2)、外交官もまた、嘘をつきます。
 けれど、小説家と彼ら(政治家や外交官)のつく「嘘」にはいくつかの違いがあります。
 僕たち小説家は嘘をついても訴えられることはないし、その嘘がより大きければ、多くの賞賛を得ることができます。

 そしてまた、彼らと僕たちの「嘘」の違いは、僕たち(小説家)の嘘が、時に真実を照らし出す一助になることにもあります。真実をつかみ取ることは非常に困難なことです。ですから僕たちは、その真実を「フィクション」の世界に作り替えるのです。

 本日、僕は「真実」を話すつもりです。僕は1年のうち数日だけ、嘘をつかない(小説を書かない)日があり、今日はそのうちの1日なのです。

 今回のエルサレム賞受賞について打診された時、僕は【その賞を受け取るべきではないと、多くの】警告を受けました。なぜならガザは紛争の最中にあったからです。「いまイスラエルに行くことは適切なのだろうか?」、「僕はどちらか片方に肩入れするのだろうか?」【、「その賞を受け取ることは、圧倒的な軍事力を行使する政策を是認したことにならないか」】と自問しました。

【もちろん、こうした印象を受けることによって、僕の本がボイコットされることはあり得ません。しかしながら、最終的に】僕はそれらを考慮し、その上で、ここに来ることに決めました。【来ることを決心した理由のひとつは、非常に多くの人が僕に「行くべきではない」と言ってきたことです。】多くの小説家がそうであるように、僕は僕が天の邪鬼であることを好んでいますし、それは僕の、小説家としての本質に関わることです。
 小説家は自分の目で見たこと、自分の手で触ったことしか信じることができません。ですから僕は、何も語らないでいるよりも、自分で見て、ここで語ることを選びました。

 そしていま、僕はここに来て語っています。

【僕は立ちすくんでいるよりも、ここに来ることを、目を反らすよりも見つめることを、沈黙よりも語ることを選びとりました。そのうえで、僕はひとつの、とても個人的なメッセージを届けるためにここに来ています。これは僕が「フィクション」をつづるさいにいつも心がけていることであり、紙切れに書きつけて壁に貼る、というわけではないけど、僕の心の「壁」には刻み込まれていることです。それは、】
 もしその「壁」が――その壁にぶつけられる「卵」が壊れてしまうほど――固く、高いものであるならば、どんなに「壁」が正しくとも、どれほど「卵」が間違えていたとしても、僕は卵のそばに立つでしょう。

 なぜか? 僕たちひとりひとりが、その「卵」だから、かけがえのない魂を内包した壊れやすい「卵」だからです。僕たちはいま、それぞれが「壁」に向かい合っています。その高い壁は、「システム」です。*3

 僕が小説を書くさい、たったひとつの目的しか持っていません。それは個々人のかけがえのない神性*4を引き出すことです。その個性を満足させるために、そして僕たちが「システム」に巻き込まれることを防ぐために。だからこそ僕は、人々に微笑みと涙を与えるべく、人生と愛の物語を書きつづります。

 僕たちはみな、人間であり、個人であり、壊れやすい卵です。
「壁」はあまりに高く、暗く、冷たすぎて、それに立ち向かう僕たちに、望みはありません。(だからこそ)「壁」と戦うために、僕たちの魂は、暖かさと強さを持つべくお互いに手を取り合わなくてはなりません。僕たちは僕たちの作った「システム」に操られてはいけません――そのように僕たちを形作ってはいけません。それはまさに、僕たちが作った「システム」なのですから。

 僕の本を読んでくれたイスラエルの人々に感謝します。


これを読んで、どう思うかは貴方の自由です。